新潟県十日町市の池谷集落は、2004年の中越地震で被災した”元”限界集落です。
ここには、1960年(昭和35年)当時、37世帯211名が住んでいました。
それが、2004年の中越地震後には、一時6世帯13名、高齢化率62%、子どもが1人もいないという状況にまでなったそうです。
数字だけを見ると、もはや将来にわたって集落を維持することなど想像することもできない、限界集落です。
しかし、この池谷集落は2018年9月末時点で、なんと11世帯23名、高齢化率39.1%、年少人口(0~14歳)割合26.1%という奇跡の再生を遂げました。
この記事では、「限界集落奇跡の再生」の中心人物の1人である、NPO法人地域おこしの多田朋孔(ただともよし)さんの著書『奇跡の集落』から、限界集落の再生を目指す上でのヒントを探っていきます!
多田朋孔さん
元地域おこし協力隊員。Forbes JAPAN「ローカル・イノベータ55選」で関東甲信越地区読者投票1位に選出。地方自治法施行70周年記念総務大臣表彰個人表彰「地方自治の功労者(民間人)」
地域活性に取り組む方は、必読の一冊です!!
Contents
そもそも限界集落ってなんだ?
「限界集落」とは、社会学者の大野晃が提唱した概念で、過疎化などで集落人口の50%以上が65歳以上の高齢者になり、冠婚葬祭などを含む社会的共同生活や集落の維持が困難になりつつある集落のことを指します。
単なる過疎化だけではなく、高齢者の割合が集落人口の過半数を超えることで、集落で行ってきた様々な機能を維持することが難しくなります。
一般的に自治会と言われる単位が、農山村における集落に当たりますが、この集落単位で人がそこで生活する上で必要となる様々な機能が維持されています。
具体的には、農地の草刈りや農道や山林の整備、神社の管理やお祭りなどです。
雪国では、高齢者の独居世帯の雪下ろしや除雪を近所の方がボランティアで行っている集落などもあります。
個人の田んぼや畑の管理、自宅の管理などの他に、地域全体に関わる生活環境の維持や伝統行事などを地域住民が助け合いながら行っているんですね。
でも、これって実際にやるのは結構大変だと思いませんか?
広い農道の草刈りや用水路の掃除って、想像するだけでもかなりの重労働です。
屋根の雪下ろしなんかは、毎年、屋根からの落下で死亡者も発生しています。
集落の過半数が高齢者になってしまった集落では、その地域で生活するために住民が共同で行ってきたこれらの共同作業や行事などを維持することが難しくなってしまうのです。
そうすると、その地域に住み続けることがどんどん難しくなっていき、結果的に、櫛の歯が欠けていくように、1軒1軒集落を離れていきます。
そして、最終的には消滅集落となってしまうのです。
このように、人が住み続けられる地域を維持するという観点で考えたときに、地方、特に農山村地域での高齢化=「限界集落化」は、都市部での高齢化以上に大きな問題です。
限界集落の問題の本質は?
このように農山村地域にとって、限界集落の問題は、非常に大きな問題です。
一方で、「それは時代の流れで仕方ないのではないか?そもそも住みづらい地域だから人が出ていくわけだし、行政の人員やコストがどんどん減らされている中で、コンパクトシティ化を目指すのは当然の流れなのではないか」といった反論もあります。
たしかに一理あります。
限界集落になるような地域は、一般的に自治体の中心機能があるエリアからは立地的に離れているため、相対的には人が住みづらいエリアと言えます。
わざわざそのようなエリアを居住エリアとして存続させるよりも、自治体の機能が集積しているエリアへの居住を促す方が合理的な一面はあります。
ただ、農山村が社会において果たしている意義は、単に人が住むための場所ということだけではありません。
農林水産省のホームページでは、農業・農村には次のような多面的な機能があるとされています。
- 洪水を防ぐ機能
- 土砂崩れを防ぐ機能
- 土の流出を防ぐ機能
- 川の流れを安定させる機能
- 地下水をつくる機能
- 暑さをやわらげる機能
- 生きもののすみかになる機能
- 農村の景観を保全する機能
- 文化を伝承する機能
- 癒やしや安らぎをもたらす機能
- 体験学習と教育の機能 など
※それぞれの機能の詳細は、農林水産省のホームページをご確認ください。
つまり、限界集落に住んでいる人だけではなく、その周辺地域やひいては都市部に住んでいる人たちにとっても、農業・農村は何らかの恵みを与えているのです。
そう考えると、経済合理性だけではなく、より大きな視野で限界集落の再生について真剣に考える必要性があると言えるのではないでしょうか。
「奇跡の集落」新潟県十日町市池谷集落はどうやって再生したのか?
少し前置きが長くなりましたが、これらを踏まえて、「奇跡の集落」池谷集落がどのようにして奇跡の再生を遂げたのか考えていきたいと思います。
まず、池谷集落が限界集落から再生した結果だけを見ると、まさに「奇跡」と言いたくなります。
そもそも、高齢者ばかりで子供がいないわけなので、自然に人口が増えようがないわけですからね。
では「奇跡」だからといって、他の地域でこの「奇跡」を再現できないのかと言えば、「決してそんなことはない!」と、この本を読んで筆者は感じました。
なぜなら、この「奇跡」が起こったプロセスが明確になっているからです。
著者である多田さんも『奇跡の集落』のあとがきでこのように書かれています。
『奇跡の集落』などという大それたタイトルの本書ではありますが、実は一連の取り組みのプロセスをていねいに見ていくと、けっして「奇跡」というわけではなく、どこでも応用ができる、再現性のある取り組みの積み重ねであると私は考えています。
では、この「奇跡」へのプロセスはどういったものだったのでしょうか。
限界集落再生の5つのプロセス
多田さんによると、限界集落再生には、地域おこしの発展段階に応じて5つのプロセスがあります。
- 地域おこしの関係者同士が仲良くなる
- 小さな取り組みを行う
- 取り組みの輪を広げる
- 活動を組織化する
- 持続可能な取り組みへと成長する
この5段階のプロセスに応じて、行うべきことや注意すべきポイントは違います。
第1ステップ:地域おこしの関係者同士が仲良くなる
地域おこしの関係者とは、言うまでもなく、集落の住民とそれを支援するボランティアなど集落外の人たちのことです。
地域おこしの主役は、その地域に住む住民です。
しかし、過疎化と高齢化が進んだ限界集落では、そこに住む住民の力だけで集落を再生するのは難しいのが現実です。
「奇跡の集落」池谷集落においてもそれは同じでした。
豪雪地帯という厳しい自然環境に加えて、中越地震からの復興というハードルを乗り越えるには、ボランティアなど集落の外からの支援が不可欠でした。
しかし、ボランティアや移住者など、地域の外から人が何かしらの関わりを持つ場合、そこが閉鎖的な地域であればあるほど、地元の人間と外からの人間の間に何かしらの摩擦が生じやすくなります。
だからこそ、「地域活性化」や「限界集落の再生」などと肩肘を張る前に、まずは地域の人と外の人、地域おこしの関係者同士が仲良くなることが何よりも最初に取り組まなければいけないことになります。
池谷集落の場合は、ボランティアの方が地元の方との交流会を主催し、もてなすことで、地元の高齢者からも歓迎されるようになっていったそうです。
第2ステップ:小さな取組を行う
地域おこしの関係者同士が仲良くなった上で、次は地域おこしのための具体的な取組を進めていくステップです。
ここでどのような取組から始めていくのかは、その地域によって特色や事情が異なりますので、一概には言えないかと思います。
ただ大事なのは、小さな取組からまずは始めてしまうということです。
規模の大きな集落や地域になると、全体の意見をまとめた上で取組を行うのは時間が掛かります。
ですので、最初は取組に関心を持つ少数の人たちだけでよいので、取組を始めてしまい実績を作ります。
実際に成果が目に見える形として表れてくれば、関心を持ってくれる人も増えるという好循環が生まれ始めます。
ここまでの第1・第2ステップは、「足し算の支援」と言われています。
限界集落では、ともすると住民の意識が悲観的になっているケースが多くあります。
その悲観的でマイナスになっている住民の気持ちに、プラスの要素を1つ1つ足していくことで、マイナスからプラスにするのです。
第3ステップ以降は、「掛け算の支援」と言われますが、マイナスにプラスのものを掛けてもマイナスにしかなりませんよね。
住民の気持ちがマイナスなのに、外の人間が何かをやろうとしても、余計なお世話だと思われてしまうこともあります。
ですので、この第1、第2、場合によっては第3ステップで行う、「足し算の支援」によって、しっかりと前向きな住民意識を作っていくことが非常に大切になります。
第3ステップ:取組の輪を広げる
第3ステップは、第2ステップで始めた小さな取組を継続していくことで、徐々に関わる人や取組の規模を広げる段階です。
第1、第2ステップを丁寧にしっかり行っていくことで、この輪が広がる規模やスピードが上がっていきます。
第4ステップ:活動を組織化する
どんなに素晴らしい取組であっても、それが単発のイベントや一時的に集めたメンバーで行っていたのでは、継続することはできません。
池谷集落の場合は、ボランティアの受け入れなどのために立ち上げた、十日町市地域おこし実行委員会をある時点でNPO法人化したそうです。
地域おこしの活動を行う集団がしっかりと組織化されることで、継続的に取組を行うための基盤ができます。
第5ステップ:持続可能な取組へと成長する
最後に第5ステップは、地域おこしのための活動を持続可能なものに成長させる段階です。
第4ステップでも触れたように、地域再生や地域活性化を行うためには、単発の活動ではなく、継続的な活動にすることが必要です。
地域おこしを行う組織が、ボランティアではなく、しっかりと人件費も払って、経済的にも回していけるような状態を作らない限りは、地域おこしを継続していくのは難しいのです。
一般的に、地域活性化のための取組というのは、営利企業があまり入ってこない分野です。
その理由は、採算をとるのが非常に難しいからです。
しかし、だからこそ支援を必要としている限界集落は、全国に数多くあります。
つまり、地域おこしを行う組織が、経済的にも自立するということは、非常に難しい課題である一方で、社会的な意義があり、挑戦しがいのある仕事だとも言えるのではないでしょうか。
限界集落の再生に取り組む前にまず行うこと
ここまで、限界集落を再生するために大切な5つのプロセスを見てきました。
この記事を読んでいただいた皆さんの地域は、5つのプロセスのどの段階でしょうか。
まずは、しっかりと現状を把握した上で、取り組みを行っていくことが大事になると思います。
ただ、実は今回紹介した5つのプロセスの第1ステップの前に、もっと重要な段階があると筆者は考えています。
それは、地域おこしの主役である住民自身が、自分たちの集落を今後どうしていきたいのかを本気で考え、目標を立てるというプロセスです。
地域おこしの5つのプロセスがマラソンだとすれば、これはスタートラインに立つということです。
池谷集落においては、「むらを絶やさない」ことが、住民の切なる思いであり、これが住民と外からの支援者にとっての共通の目標となりました。
住民の心の底からの思いを、住民自身が自覚しそれを関係者が共有することが、どんな困難にも立ち向かう原動力になったのではないかと思います。
限界集落の再生や地域活性化の取組を行う際、特に行政サイドでは短期的な成果に走りがちになります。
しかし、目に見える短期的な成果を求める前に、住民自身の思いを表に出し、それを関係する人たちがしっかりと共有することが、「奇跡」を「奇跡」で終わらせないために、何よりもまず始めに取り組むことなのではないかと感じています。